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アトピー覚書ブログ

成人型アトピー 脱ステ・脱保湿患者のブログ

NHK連続テレビ小説に寄せて

アトピー覚書

現在放送中のNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。

ご存知の方も多いかと思いますが、雑誌「暮しの手帖」の創刊者である花森安治と大橋鎭子らをモデルにしたドラマです。

今回、このドラマの内容について何か言いたいわけではありません。

そうではなく、このドラマを見ると、私の頭の中に、ある記憶が蘇ってくるのです。それは、「暮しの手帖」を出版する暮しの手帖社が、15年前に出版した本についての不満です。

 

その本とは、

日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎治療問題委員会編, 竹原和彦, 川島眞, 古川福実監修

「決定版 専門医がやさしく語るアトピー性皮膚炎」暮しの手帖社(2001)

です。

私はこの本を読んだことはありません。読みたくもありません。読んだこともない本について、とやかく言う権利はあるのかという意見もあろうかと思います。

その通りだと思います。しかし、あえて言わせてもらえば、これは、中身以前の問題だと思うのです。「暮しの手帖」を出版する暮しの手帖社が、日本皮膚科学会の広報誌のような本を出版したという事実が、十分に事の重大さを示しているのです。

また、中身を読まずとも、監修者の名前を見れば、何が書かれているかは大体想像がつきます。

 

雑誌「暮しの手帖」といえば、商品テストが有名です。高度経済成長時代、様々な商品が洪水のように市場に出回るのを目にした花森安治は、粗悪品や有害品ではなく、消費者にとって本当に良い商品をメーカーが製造する世の中になってほしいと考えました。そこで、実名をあげて商品を評価する商品テストを始めました。メーカーとの中立的な立場を保つため、原則として外部からの広告は掲載しませんでした。

私は、個人的に、この商品テストに象徴される「暮しの手帖」の批評精神に共感するところがあり、良いイメージを抱いていました。気になる特集があれば、「暮しの手帖」を購入することもありました。

花森安治の書く文章にも、心を動かされるものがありました。根底に流れる反戦の精神に留まらず、政府や企業の利益よりも市井の人々の暮しを守るという姿勢、全体主義や権威主義に屈しない反骨精神が感じられました。そのため、花森安治らが築いてきた暮しの手帖と暮しの手帖社については、陰ながら応援してきたのです。

 

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ところが、ちょうど私が脱ステロイドを実践している頃、暮しの手帖社が、先に挙げた日本皮膚科学会編纂のアトピー性皮膚炎の本を出版していたことを知りました。その本の監修者には、ステロイド外用薬による治療を推進する医師らが名を連ねていました。

私は、驚きを隠せませんでした。暮しの手帖が培ってきた精神に則るならば、どちらかといえば、ステロイド治療を推進するキャンペーンの片棒を担ぐよりも、ステロイドの副作用に目を向ける編集方針を採るだろうと思ったからです。しかし実際には、日本皮膚科学会の重鎮らが監修し、ガイドラインへの準拠を標榜する、きわめて権威的なにおいを漂わせる本が出版されたのでした。

出版に至るまでの諸般の事情は知る由もありませんが、私には、暮しの手帖社が、日本皮膚科学会の権威者におもねているようにしか見えませんでした。それとも、ガイドラインに準拠した情報を広めることが、患者の暮しを守ることになると考えたのでしょうか。

 

しかしながら、少しでも調べれば、ステロイド外用薬の副作用に苦しむ患者が少なからず存在することは、すぐにわかるはずです。ステロイドを使いたくないと訴える患者がいること、ステロイドの副作用を世に知らしめようとする団体が存在することも、知ることになるはずです。また、医師のなかにも、ステロイドの使用に慎重である医師もいるのだから、彼らに取材することもできたはずです。けれども、そうはしなかった。

暮しの手帖社が読者の信頼を得てきた理由のひとつは、商品テストにおいて、容赦なくあらゆる商品を検証してきたことにあると思います。金銭的な見返りを受けず、歯に衣着せぬ率直な評価を行うことが、読者の心を捉えたのでしょう。検証することなしに、権威者の思想を世の中に広めることは、花森の反骨精神とは真っ向から対立するものではないでしょうか。

日本皮膚科学会は、ステロイドの副作用によって苦しむ患者を、まるで存在しないかのように扱ってきたというのが私の見方です。臭い物には蓋をするというわけです。もし、花森の反骨精神が、暮しの手帖社に息づいていたなら、その蓋を取っ払い、副作用によって暮しがまったく変わってしまった弱者の声を世に届けていただろうと思います。

 

私は、暮しの手帖社がこの本を出版したことを知ったと同時に、同社に対して言い知れぬ不信感を募らせました。そのため、気に入っていた雑誌「暮しの手帖」も、以後、手にすることはなくなりました。私には、そこには花森安治の反骨精神がもはや宿っていないように感じられたからです。私は、花森安治が生きている間であったら、この本が出版されただろうかと訝しく思います。

 

ふと、朝のテレビ小説を横目に、そんなことを思い出しました。